親の介護をしてふと感じた、いずれはでは無くすぐに自分が介護される側になるんだ

2018.11.11 (日)

あれ、こんなことつい最近自分の親がやっていたことだよな。
何年前だっけ。
10、いや15年前かな。

 

私の父は病院に入院、母はディサービスにお世話になっている身です。
両親は東京、私は茂原。
同じ関東、首都圏に住んでいても距離にして約80km。
月に1,2回行ければ良い方かな。
近くに妹がいるので任せていることも多いんですけどね。

 

実家に帰る目的は話し相手になること。
父は病院に居てすでに会話もままならない。
母は日々デイサービスにはお世話になっているけど、たまには息子とも会話したいのかなと勝手に思いご飯を食べて会話をすることを目的に行ってます。
ご飯も白米を炊く位で他はスーパーの総菜等を食べてます。
ほぼと言うか殆ど毎日同じ献立。

 

良く飽きないな、毎日同じものを食べて。
だから自分が行くことで少しでも単調な日々に刺激があればとの思いです。

 

そして買い物。
食品や日用品は近くにいる妹がやってくれてるけど、たまには冷蔵庫の中を覗いて必要なものを確認。
買う物は毎度同じく決まっているんですけどね。

 

3つ目は掃除。
掃除機をかけトイレ掃除をする。

 

もの凄く綺麗好きだったんですけど、もう掃除をやらないいや、出来ないですよね。
だからたまに行って掃除をする。
それとモノを少しずつ減らしてくこと。

 

読まなくなった本、着ない服、視る事も出来なくなったビデオテープ。
定年後に買ったPC、定年後に愉しみにしていた趣味のモノ。
カメラ、囲碁、ハーモニカ。
自分が子どもの頃習っていたピアノ。

 

母が祖母の元に通いこんなような事をしていたのは15~20年前位の事。
まだまだ20年もあればって考えるか。
しかし50歳の人なら定年までは10年。
現在の制度だと60歳だけど、この先もっと伸びそうだし。
今を我慢すれば、定年後に愉しめれば、年金貰って悠々自適。
そんな風に思っていませんか。

 

いくら平均寿命が延びても健康でいられる、元気で色々なコミュニティーに参加出来るか分からない。

母親が祖母に対してやっていた事が今は自分がやっている。

 

いずれは自分の番になる、それは避けられない事。
自分はそんなことは無いよと思うかもしれないが、諸先輩方もそう感じていたでしょう。

 

老いは必ず訪れるし、いつかは、いづれは、そのうちなんて考えていると何もしないうちに出来なくなってしまう。

やりたいと思ったことやる。
行きたい処に行く。

 

いつかは絶対にあるとは限らないです。

 

思い立ったら吉日。

 

自分が親に対してやっている事は、つい最近親がその親に対してやっていたこと。
いづれは自分が受け身になる。

 

実家に帰ってふと強く感じた事。

▼シェアをお願い致します!▼

関連する投稿

現在の記事: 親の介護をしてふと感じた、いずれはでは無くすぐに自分が介護される側になるんだ

お問い合わせ・ご相談はこちら

お電話でのお問い合わせ

090-1504-8728

フォームからのお問い合わせ

お問い合わせフォーム »
  • ぶらり散歩のススメ
  • ぶらり散歩ツアー
  • あなたに代わって思い出の地をお届けします
  • パーソナルツアー"

コラムテーマ一覧

過去のコラム

主なコラム

⇑ PAGE TOP